故郷函館に思いを込めたブログ。曖昧な記憶を元に書いてます。 (2004年7月開設)
by beatpops
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カテゴリ:函館デパート( 10 )

東急ハンズ
東急ハンズが函館にオープンとのこと。
4/13から半年間の期間限定出店で場所は駅前WAKO内。

上京したばかりのころよく行ったのが池袋のハンズ。はじめて行ったとき、こんな便利で面白い店があるなんて「さすが東京はすごいな」と思った。新井薬師前でひとり暮らしをはじめるにあたり、まずは折りたたみの机とイス、ステンレス製のでかいマグカップを買った。このマグカップ、保温効果はあるが口をつけると唇が熱かった。それと念願だったブラインドカーテンも。当時はおしゃれだと思っていたのだろうが埃がたまりやすく後で後悔した。自炊にチャレンジしようとフライパンやフライ返しもここで買ったし、靴用のミンクオイル、防臭効果のある木製シューキーパーなんかも買ったことがある。このシューキーパーはシダーなので紙やすりで表面を削ると香りが復活した。最近は足が遠のいたけど行けばきっと何か買ってくるだろう。

WAKOのワンフロアーだとアイテムは限られるけど、この場所に出店というのがうれしい。


Kisses on the Bottom
オリジナルの2曲がやっぱりいい。
アーカイブコレクションの続きはどうなった?
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by beatpops | 2012-03-17 15:14 | 函館デパート
函館WAKOのホームページ
函館WAKOのホームページを見つけた。

デパートというよりはファッション・雑貨のテナントビルというべきだろうが、小さいころはデパートのひとつに数えていた。だけどプレイランドが充実していた「さいか」に比べると子供向きの商品は扱っていなかったので中学に入るまでほとんど行ったことはなかった。

中学2年のときから、ビートルズやストーンズなどのレコードを買うために地下にあった玉光堂によく行った。当時はもちろんアナログレコードで、それを1枚ずつ眺めているだけでも楽しかった。22年前の今ぐらいの時期にルースターズの「Φ」を買ったのもここだ。

浪人のとき、ここで買った紺のチルデンセーターは数年で着なくなったが、今でも処分することができずにタンスにしまってある。着ることはたぶん二度とないけれど。

ホームページを見て気づいたのだが、「和光」という言葉が見当たらない。WAKOもしくはカタカナで「ワコー」となっている。あと、フロアマップをみると玉光堂があった地下は今は改装中のようだ。

WAKO7Fからの眺めの一番上の写真にうっすらと虹がかかっている。


和光デパート
棒二のホームページも新しくなってた。)
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by beatpops | 2006-12-17 00:13 | 函館デパート
昭和51年当時の丸井とホリタ
a0000054_17433830.jpg当時一番好きだった場所の丸井(写真下)と前の年に補導されたホリタ(上)。

この写真からは判別できないが屋上に掲げられた丸井のマークはマルの中に「井」の旧タイプ。お目当てのおもちゃ売り場は5Fだったと思う。

ホリタは今はダイエーになってしまったが今回の店舗整理でどうなってしまうのだろう?
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by beatpops | 2005-12-24 17:43 | 函館デパート
さいかデパートのミイラ展
小学校3年(1975年)のころ、今は閉店してしまった「さいか」デパートで「インカ帝国とミイラ展」が開催された。正直なところ催しの正式名称が「インカ帝国」であったか「インカ文明」「アンデス文明」であったか定かに覚えていない。が、ミイラは確かにやってきた。

私たちのお目当てはもちろんミイラで、クラスでも話題になった。ほとんどお化け屋敷の感覚に近かった。(怖いから)みんなで行こうということになったが、小学生だけでデパートに行くことは禁止されていたので、Tの父親に連れて行ってもらうことになった。放課後、Tの家で待ち合わせることになったが遅刻してしまい、皆すでに出発した後だった。このときの寂しさは忘れられない。泣きながら家に帰るとみかねた母がさいかに連れて行ってくれた。

会場に入ると、インカ帝国の遺跡から発掘された貴重な品々が数多く展示されていた(と思う。ほとんど記憶がない)。それらには見向きもせず、目的のミイラの展示コーナーに急いだ。ミイラの埃を吸い込むと死んでしまうと言われていたので気をつけながら急いだ。

ミイラは暗いコーナーのガラスケースの中に静かに佇んでいた。何体かあったミイラは、それぞれに何かを語りかけているようにも見えた。生前はどんな人だったのだろう、くらいは思ったかもしれない。そのころには怖いもの見たさの感覚は無くなっていた。

インカ帝国のことはほとんど知識がないけれどマチュピチュにはいつか行ってみたい。それにしてもさいかデパートの搬入搬出は大変だったろうな。
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by beatpops | 2005-07-14 05:31 | 函館デパート
棒二森屋
 棒二森屋はダイエー系列で売却対象になっている老舗デパート。私のデパート格付けでは丸井今井と並ぶ。東京でいうと三越・高島屋もしくは三越・伊勢丹の関係に近いだろうか。家から遠かったので丸井に比べて利用頻度は高くなかったが、別館(アネックス)ができてからは学校帰りによく立ち寄った。山野楽器でギターアンプやルースターズのスコアなんかを買った。高校の教科書もなぜかここの書店で買わされた。教科書を買うついでに山野楽器でサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」を買ったのを覚えている。屋上にはよくアイドル歌手が来てサイン会をやっていたと思う。私は行かなかったが、うちの兄はよく行ってたみたいだ。森尾由美とか石川秀美、伊藤麻衣子なんかが来ていたと思う。私も行けばよかったと今にして思う。本館はというと、床が木であったことが印象深い。踊り場も木の床で、腰掛があって、母が買い物している間、自販機のジュースを飲んでそこで待ってたりした。高校のときにスタジャンを買ったのが本館での最後の買い物だ。
 どこが経営してもいいが「棒二森屋」という屋号は残して欲しい。駅前のシンボルだから...。
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by beatpops | 2004-12-28 20:44 | 函館デパート
丸井今井デパート
 私にとって「デパート」といえばやっぱり丸井今井(まるい)だろう。東京の丸井とは全く関係ない、北海道では老舗のデパート。母に連れられて5階のおもちゃ売り場で駄々をこねた後、6階の「食堂」でホットケーキを食べる。そして、帰る前に地下で食料品を買う。地下は、バルク売りのキャンディーが印象に残っている。いろんな種類のキャンディーをのせた円台がゆっくり廻っていた気がする。階段のそばにはジュースミキサーが並んでてフレッシュジュースが飲めたと思う。
 私が子供のころはデパートが全盛だった。レジャー施設といってもいい。
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by beatpops | 2004-08-20 12:44 | 函館デパート
ホリタデパート(現ダイエー)
 ホリタデパートははじめて補導されたところ。当時小学生だけでデパートに行くことは禁止されていたが、小学校3年のころT原とT場の3人で市民プールに泳ぎに行った帰りにホリタの一番上の階にあるゲームコーナーに寄って行った。行こうと言ったのはT場だったと思う。しばらく遊んでいると、初老の男性に呼び止められた。補導員だった。「誰が行こうと言ったのか?」ときかれ、私とT原は迷わずT場を指差した。ひとりひとり名前と電話番号をきかれて特に説教されることもなく帰された。家に帰ってからいつ親に電話がかかってくるんだろうと、しばらく生きた心地がしなかったのを覚えている。結局、電話はかかってこなかった。このことがあって、しばらくホリタには行かなかった。
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by beatpops | 2004-08-14 18:22 | 函館デパート
和光デパート
閉店した「さいか」「函館西武」に続いてデパートシリーズ第3弾はいまでも駅前で健在の「和光」デパート。東京の銀座にある和光とは無関係だと思う。どちらかというと若者をターゲットにしたデパートだ。

和光の思い出といえば地下にあるレコードショップの玉光堂(ぎょっこうどう)だ。ビートルズ系のレコードは、店長がビートルズ好きでときどき「おまけ」をくれる「おおもり楽器」で買うことが多かったが、それ以外はサービス券をもらえる玉光堂で買っていた。中学3年のときに、ストーンズの「TATOO YOU」を予約して買ったのもここ。当時はもちろんアナログレコードで、中身もさることながらジャケットがどんなものか期待したものだった(CDになってからあまりジャケットに関心がなくなった)。部活とかやってなかったので、高校の授業が終わって自転車で玉光堂やボーニアネックスの山野楽器などに寄るのが日課といってよかった。

それ以外の記憶というと、浪人のころ冬に帰省したとき、ちょうどDCブランドブームで和光にはそういった店が結構多く、「メンズ・フランドル」の紺のチルデンセーターを買ったことがある。2万円くらいした。今では考えられない買い物だ。そのセーターは、今では全く着なくなっているが今でもタンスにある。

今は、地下にラーメン屋があるみたいだ。こんど帰省したら行ってみよう。
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by beatpops | 2004-07-28 15:11 | 函館デパート
函館西武デパート(2003年閉店)
 昨年、閉店した函館西武デパートの思い出。中学2年のときオープン。老舗の丸井(東京の丸井とは別系列)や棒二森屋とは雰囲気が異なり、外観も含めて都会的な感じがした。本屋はかなり充実していたと思う。アップルタイザーをはじめて買ったのも西武だった。オープン記念として北海道出身の歌手、五十嵐浩晃(ペガサスの朝)がラジオの公開録音を西武1階でするというので、友達のS.Yと行ったが、あまりの客数に中止になってしまった。西武のレコードショップではじめて輸入盤(ビートルズのキャピトル版リボルバー)を買った(盤が歪んでいた)。親戚が外商部に入社したので、親は結構西武で買っていたと思う。高校の合格祝いとしてグレコのテレキャスター(8万円)も親戚を通じ買ってもらった(結局ギターは習得できなかった)。中学~高校時代は、ボーニアネックス(棒二森屋の別館)と並んでよく行ったデパートである。
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by beatpops | 2004-07-27 14:14 | 函館デパート
さいかデパート(1998年閉店)
 さいかデパートは函館駅前にあったデパート。1959年開店。1998年に閉店。その後4年後に解体された。現在はパチンコ店になったようだ(未確認)。さいかデパート棒二森屋にくらべ庶民的な印象があるが、思い出すのはやはり屋上のプレイランドだ。このプレイランドの屋上フロアのみが円形に設計されていてこのデパートの外観の特徴となっていた。母が買い物している間、ここで時間をつぶすのが大好きだった。TVゲームなどまだ無い時代、コインゲームの品揃えでは函館一だった気がする。自分が利用するようになる以前には一時期、地下に映画館があったらしい。帰省したとき、まだ開業していたさいかに一度立ち寄ったことがあるが、そのときにはすでにテナントが歯抜け状態で、風前の灯火というかんじだった。屋上のプレイランドももちろん無くなっていた。衰退していく函館駅前の象徴のような存在だった。
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by beatpops | 2004-07-26 14:23 | 函館デパート