故郷函館に思いを込めたブログ。曖昧な記憶を元に書いてます。 (2004年7月開設)
by beatpops
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カテゴリ:函館思い出の場所( 66 )

柏木プラザ
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できた頃は世界で一番高い建物だと思った。
築40年位か。避雷針も健在だ。

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by beatpops | 2016-08-04 14:02 | 函館思い出の場所
大森浜2016夏
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家族4人で来るのは2年振り。
函館山は雲で覆われていたけど風が気持ちいい。
ここに来ると東京生活が嫌になる。

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by beatpops | 2016-08-03 14:09 | 函館思い出の場所
大門のアーケード
大門のアーケードがついに撤去された。

函館を離れてから年を追うごとに大門から店舗が減っていき、空き地にもアーケードがかかってることが正直シュールだった。ただ、アーケードがあることでここは特別な場所なんだという最後の砦のような感覚もあった。

子供のころ、親と映画を見終わって陽が落ちてても明るかったのはアーケードがあったから。

高校一年の港祭りのとき、国見でストーンズのシングルを買ったときのことを何故か思い出した。あのときもアーケードの灯りがあった。

今度大門に行ったらどんな印象をうけるだろうか。


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by beatpops | 2015-09-13 00:19 | 函館思い出の場所
大森浜
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また来てしまった。
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気持ちがいい陽気だったので砂浜に降りて歩いてみた。
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砂浜を歩きながら貝殻や変った石を探してみる。去年までの娘(五年生)だったら喜んで一緒に探すだろう。今だったら持ち帰っても「いらない」と言いそうだ。拾った半透明の茶色い石は息子(年少)に「魔法の石だよ」と言って渡そう。
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自分が死んだら大森浜の砂を一握りくらい棺桶に入れてもらおう。もしくは墓のそばに小さく盛ってほしい。
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by beatpops | 2013-10-18 13:43 | 函館思い出の場所
函館山
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今年の夏に帰省したとき、函館山に行った。ふたりの子供達は初めて。

小学校の3年生のとき、春の遠足でここに来た。そのとき函館をバックに撮った集合写真を見ると、あいにくの曇り空で景色を一望することはできない。

そのときの写真がもう一枚あって、Kと肩を組んで笑っているものだ。食事時で二人とも座っていて、背後からTが心霊写真のようにいたずらしている。遠目に写っているのは当時好きだった子だ。

写真に写っている以上の記憶はないのに函館山を見ると必ずこのときの遠足を思いだす。
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by beatpops | 2013-10-12 23:03 | 函館思い出の場所
杉並町 緑町通り
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まだ小学校に上がる前のころ、この通りにある小児科によく連れていかれた。そこにいくと、いつも液体のジュースのような飲み薬がもらえて密かな楽しみだった。初老の男の先生だったかな? 「さくらばやしさん」という。

同じ通りにあるYWCAは小学1年のとき英語教室に通わされた。女の先生で生徒が10人以上いたのは覚えているが数回しか行っていないはずだ。集団で何かを学ぶのはこのころからずっと苦手だった。いまでも親には申し訳なく思う。

この通りは風の抜けが良いかんじがする。
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by beatpops | 2013-09-22 14:01 | 函館思い出の場所
人見町
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3才のとき、父はそれまで勤めていた東京の会社を辞め、家族4人で函館にやってきた。それから最初の半年くらい住んでいたのが人見町のアパートだった。そのころの記憶はほとんどなく、アパートの前で近所の子供と遊んだ場面が断片としてあるくらいだ。

将来を考えると当時の会社では経済的に厳しく、それで函館に戻ってきたと父は僕に話したことがある。高校生くらいのときだろうか、苦労知らずの僕はそのときは特に興味もなく聞き流していた。

自分が親になった今、当時の父と母は相当の決断だったろうなと理解できる。高度経済成長のころだから「なんとかなるさ」って思ったのだろうか、切羽詰ってとにかく故郷函館に戻りたかったのか。東京から函館に向かう飛行機の中で、父と母は小さな子供たちを抱えながら何を考えていたのだろうかと聞いてみたい気がする。きっと「その後の人生の方が何倍も大変であのときのことは忘れてしまったよ」と言うだろうな。
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by beatpops | 2013-09-07 14:06 | 函館思い出の場所
日曜日の朝
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昨日からひとり帰省。
朝、散歩で五稜郭公園にきた。
せっかくなので外郭を1周した。

休日は五稜郭公園でジョギングする生活に憧れていた。でも実際に函館に住んでいたとしてもやらないだろうな。東京でも走ったことないし。
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by beatpops | 2013-05-26 09:14 | 函館思い出の場所
貯金局近くの小道
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柏木町の家から柏野小学校への通学途中に必ず通る小道。この先に昔は貯金局があった。

柏木町に越してからだからここを通ったのは2年半。この小道が国境のようなもので、行きは小道を抜けると学校までの長い道のりが自ずと意識され、逆に帰りは家まであとわずかという安心感があった。急にトイレに行きたくなっても走れば間に合う距離だし。

当時のまま残っている数少ない場所のひとつ。
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by beatpops | 2012-12-22 23:59 | 函館思い出の場所
ちとせ幼稚園への通園路
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2年間歩いた通園路。帰りはいつも同じ通りの子と二人で帰らされた。ほとんどしゃべらなかったと思う。

息子は春から年少だ。
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by beatpops | 2012-12-03 09:05 | 函館思い出の場所